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    東本願寺しゃべり場

    第63回 東本願寺しゃべり場

    開催日 2010年7月13日(火) 午後7時~午後9時
    開催場所 東本願寺総会所
    お話 宮戸 弘(青少幼年センター次長)
     本日は、多くの方にお運びをいただき、衷心より御礼を申し上げます。
     しばらくお話しをいたしまして、そののち、皆さんからお話しを聞かせていただきたいと存じます。私は青少幼年センターの次長をしています。6月30日までは、青少幼年センター準備室でしたが、7月1日からは、青少幼年センターになりました。
     準備室がセンターになって13日経ちますが、センターとして発足するまでには、大変長い間、「準備」をしていました。真宗大谷派が青少幼年の皆さんとともに真宗の教えを聞くために、どのような「準備」を整えるべきなのか、スタッフやサブスタッフの先生方、先輩担当者など、多くの皆さんがその課題に取り組まれました。
     準備段階では、青少幼年センターが発足した時に核になる事業として、こうして開かれている「しゃべり場」をはじめ、情報や支援、交流、研究という4つの分野について取り組む計画を編成してまいりました。
     こうした「準備」には、2002年から準備室として8年間取り組みました。しかし、それだけでなく、この8年間よりももっと以前から、若い年代の方々とお念仏の教えを聞こうという願いが流れていました。この願いの源流がお釈迦様の時代までさかのぼるほど、長い間「準備」されてきたのだと思います。
     ところで、日常生活の中でもいろんな準備をしますが、私は「準備」の時にこそ、ものごとの本質に迫れるのではないかと思います。私は料理をすることが好きなんですが、長い時間かけて料理をしても一瞬で食べてしまうと、食べること(目的)よりも料理をしていること(準備)の方が食べることの本質に迫っていると感じます。
     しかし、逆のこともあります。準備しているうちに「変質」してしまう、ということです。音楽を志していた友人が、仕方なくはじめたバイトで上司に認められ、音楽の志を捨てたのです。つまり、準備をしている間に原点を見失ってしまったのです。
     ですから、単に「準備をする」といっても、とても難しい作業なのです。
     むかし、中国に曇鸞さまという方がおられました。曇鸞さまは、すべての大乗経典翻訳を志されますが、翻訳に一生涯の時間を費やしても足らないことが分かり、仙人から不老長寿の妙技を授かります。つまり、仏教の経典を翻訳するという原点をもっていながら、曇鸞さまは準備の段階で仏教とは性質の違う不老長寿の妙技に頼ってしまったのです。そのような曇鸞さまを菩提流支という方は厳しく諭します。
     菩提流支のような存在が、曇鸞さまを育てたのであろうと思います。原点を見失うことは誰にでもあるのですが、原点を見失っていることに気付かせてくれる存在によって私たちも育てられるのではないでしょうか。
     青少幼年センター準備室がこれまで、原点を見失わないで準備できたのは、共に歩んでくださる方の存在があったからだと思います。これからも、青少幼年センターは新たな「準備」を続けていきます。私たちの歩みだした原点を見失わないよう確かめつつ、皆さんと共に歩みたいものです。
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