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2月号 ハンセン病はいま <180>

福島を忘れない
─ハンセン病療養所での子どもたちの保養の取り組み─
< 解放運動推進本部嘱託 大屋徳夫 >

 昨年の夏、普段は静かな国立ハンセン病療養所に子どもたちの賑やかな声が響きました。福島の子どもたちの療養所における一時保養です。全国に十三園ある国立療養所のなかの、栗生楽泉園、駿河療養所、邑久光明園、大島青松園、菊池恵楓園の五園で行われました。そのうち栗生楽泉園を除く四園は、「ハンセン懇」委員を中心に大谷派関係者で立案実施されました。
 このことは京都で行われた「第五回ナムナム大集会」の折、福島のお母さんたちから子どもたちの現状を聞かせていただいたことから始まりました。「幼稚園や学校から子どもたちが帰って来ても外で遊べない、遊ばせることができない」「このまま福島で子育てしていいのかというストレスを子どもも親も抱えている」。また「日常的に放射能の影響を受けている子どもたちは、一時的に福島を離れることによって免疫力が少しは回復する」と聞いたことからです。
 その時に頭に浮かんだのは、日頃お世話になっている熊本の菊池恵楓園の広い園内を、子どもたちが自由に走り回れたらいいなあということでした。療養所には多くの緑があり、宿泊施設も整っています。わずかの期間でも恵楓園で子どもたちの一時保養を行いたいと思いました。
 もう一つには、東日本大震災の直後に全国ハンセン病療養所入所者協議会が、被災者に療養所を一時避難所に提供することを表明されていましたが、残念ながら具体化しなかったこともありました。このことが実現すれば、現在各園自治会を中心に考えておられる療養所の将来構想で、療養所を社会に開いていくということとも合致するのではないかと考えました。
 これらのことを集会に参加していた「ハンセン懇」のメンバーと話をし、それぞれの地域の園で可能性を探ろうということになりました。一例として、関わりを持たせてもらった恵楓園での経過を述べたいと思います。
 恵楓園自治会と園の福祉課にこのことを相談すると、是非とも実現しようとの快諾を得ました。さらには恵楓園の酒本園長が福島県南相馬市の出身であることも分かり、施設側の協力も得ながら進めることができました。
 あとはスタッフの確保と資金集めの問題でした。そこで仙台などを訪問し支援活動を行っている教区仏教青年会有志に相談をし、「福島の子どもたちと一緒に過ごす夏休み in 菊池恵楓園」実行委員会を立ち上げました。実際スタートしてみると、私の予想を大幅に上回る人と資金が集まりました。スタッフは熊本教区有志・久留米教区有志・久留米教区坊守会有志・九州大谷短期大学の学生などの協力を得ることができ、合わせて約一〇〇人にも及ぶ人たちに関わってもらうことができました。この企画を考えた時に、より多くの人々に関わってもらいたい、「福島」に思いを寄せたいと思っていましたので、目的の一つは達成できたかなと感じています。
 資金面では恵楓園自治会をはじめ入所者の皆さんから多額のカンパを寄せていただきました。教区内の寺院をはじめたくさんのご門徒の皆さん、宗派、教区からも多くの基金をいただきました。原発事故による被害に苦しんでいる「福島」の人々になにかできることはないかという人々の思いの表れではないかと思います。また実施期間中にも園内外から多くの差し入れがありました。
 さて、一行は八月十七日、自治会をはじめスタッフのお迎えのなか少々緊張しながらバスから降り立ち宿舎の交流荘に入りました。
 翌日は、納骨堂への献華・資料館などの園内見学のあと、入所者との意見交換会をし、福島の皆さんからは今回のお礼とともに、福島ナンバーの車に対する差別的扱いなど福島の現状を話していただきました。ハンセン病について初めて知ったという方もおられ、入所者から子どもを持つことができなかったことなどを聞き、ハンセン病問題も原発問題も国策によってふるさとを奪われる被害を受け続けているという、それぞれの課題と課題が響き合う場ができていました。また食事作りや子どもたちのお世話などに協力していただいたスタッフのなかにも、今回初めて恵楓園にご縁を持ちハンセン病問題にふれた人が多く、このご縁が今後も続くことを願っています。
 期間中子どもたちは暑さにも負けず、元気にプールでの水遊び、虫取り、花火や熊本市内・阿蘇山・福岡市内見学等と盛りだくさんに楽しみました。今回は恵楓園の皆さんをはじめ、多くの人々の思いがこの企画を成就させました。全く手探りのなかでの企画でしたし、たくさん積み残したことも、こうすればよかったと思うことも多々ありますが、けが人などもなく無事に終えられたことで、次回に活かしていきたいと思っています。
 ハンセン病療養所に福島の子どもたちに来ていただくことを願い、ハンセン懇有志によるそれぞれ四園でのプロジェクトが情報交換や連絡を取りあいながら実施しましたが、今後も広がりとつながりを目指していきたいと考えています。
 今も出会った福島のお母さんたちから発せられた「福島を忘れないでください」との言葉が響いてきます。

《ことば》
寄り添ってくれる人が欲しかったんだ < 東京教区 朝比奈高昭 >

 二〇一一年四月、第八回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会は、三月十一日に起きた東日本大震災直後ということもあり、直前までその開催が危ぶまれました。参加した多くの友との再会は、あらためて集うことの意義を再認識できました。
 その席で一人の回復者から次の言葉を聞きました。「今度の大震災では多くのいのちが地震や津波で失われたけど、俺の人生も同じだった。ハンセン病の宣告は俺の人生を飲み込んだんだ」。国賠訴訟の勝訴判決から十年、「ハンセン病問題は解決済み」という風潮が蔓延し、ハンセン病問題が矮小化されることへの鋭い批判として私の胸に響きました。
 続けて「そのとき本当にそんな自分を支え寄り添ってくれる人が欲しかったんだ」と。この言葉は今私たちに何ができるのかを示唆していただいたと思っています。

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