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10月号 ハンセン病はいま <188>

第9回「真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」 ―人間を忘れない― < 第9回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会東京集会準備委員会委員長 旦保 立子 >

 1996年、国法「らい予防法」(昭和28年法律第214号)の廃止を受けて、1997年、「第1回真宗大谷派・全国ハンセン病療養所交流集会」が、真宗本廟(京都)を会場に開催されました。それから16年の間、交流集会は、ほぼ隔年、群馬・草津、沖縄、岐阜・高山、京都で開催され、今年は10月16日・17日、第9回が東京を開催地に繰り広げられます。

  抑圧の歳月に歪みし身を絞りらい者とて人間なるぞと叫びき
     沢田五郎著『とがなくしてしす─草津重監房の記録─』より

  ハンセン病は遺伝ではありません。血筋でもありません。普通の人間としてつきあってください。
     『ハンセン病隔絶から解放へのメッセージ・善さんのことば』より

 「ハンセン病」は「らい」病ゆえに、病を治さず、人を見失った。そこから私たちはハンセン病発病者に長い屈辱と偏見差別を背負わせる旅を強いてきました。そのことに気づき、共に歩み出すのに100年という歳月がかかりました。そして、「人間喪失」から「人間回復」、隔離から解放への具体的な一歩として踏み出した一つが「全国交流集会」の場と言えます。
 第1回から8回まで、それぞれに集会メインテーマを掲げ、表現してきました。そこにいつも流れる願いは「わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ」(「人間をかえせ」峠三吉著『原爆詩集』)の叫びでした。時に静かに、時に憤りをもって、あふれる涙をこらえながら、一人ひとりが表現者となって、一人ひとりに伝えられていきました。

 そして、目前に迫った第9回東京集会はメインテーマを「人間を忘れない」とし、1日目(16日)は「ハンセン病問題の今と震災・原発」、2日目(17日)は「耳をすます そして 語り継ぐ」をサブテーマに展開いたします。
 2年前の3月11日に発生した東日本大震災・大津波・原発崩落は日本国中を震撼させました。そして、2年半たった今、私たちの心から、その時感じた不安や悲しみ、痛み、怒りはおぼろげになり、メディアからの報道は減少の一途となりました。しかし、被災の地には、黙々と生活する一人ひとりがおられます。療養所もしかりです。私たちには・見えない人・がたくさんおられます。その一人ひとりを見ないこととして、口先の言葉を繰り返していきます。

 東京集会では、この矛盾に満ちた社会の中で、被災地から、療養所に生活する方から、退所者から、台湾・韓国の療養所から、ハンセン病問題を学ぶ若き世代の方から、先に逝かれた方々から、そして、親鸞さんから声を届けます。今、何が起こり、何が課題となっているのかを確かめ合い、語り継ぎたいと思います。人間を忘れない、それは、「汝、起ちて、衣服を整えよ」。そして、悲泣から歩めと、私一人にかけられた言葉と受けとめました。


第9回「真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」in 東京の成功を願って < 解放運動推進本部本部委員 阪本 仁 >

 第9回「真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」in 東京を、10月16日・17日に開催します。16日の会場は、新宿のハイアットリージェンシー東京。17日は、国立ハンセン病療養所多磨全生園となります。東京集会メインテーマを「人間を忘れない」とし、今回は開催日・会場ごとにサブテーマを設けて、16日は「ハンセン病問題の今と震災・原発」、17日を「耳をすます そして 語り継ぐ」に決定しました。
 これらのテーマを具体化するために16日には、ルポライターで、ハンセン病市民学会共同代表でもあり、さよなら原発1000万人アクション呼びかけ人の鎌田慧さんから記念講演をいただきます。そして17日は、シンガーソングライターで、「かかわらなければ~塔 和子をうたう」など24枚のアルバムを発表されている沢知恵さんに、弾き語りをしていただくことになりました。
 沢さんは毎年、国立ハンセン病療養所大島青松園でコンサートを開いておられます。
 さらに今回は、韓国・ソロクト更生園・台湾・楽生療養院からも参加していただくこととなりました。国際関係が微妙なときでもあり、また前回の第8回全国交流集会(京都)では、はからずも2011年3月11日の東日本大震災に見舞われ、さらには福島第1原発事故と直面するという未曾有の事態が起き、参加を直前にお断りした経緯があるだけに、非常にうれしく思います。
 この交流集会は、1996年「ハンセン病に関わる真宗大谷派の謝罪声明」を表明した翌年から開催されてきました。それは人間の尊厳を奪ってきた教団の歴史に向き合い、ハンセン病回復者とのふれあいの中で、同じ時代を生きるものとして、一人ひとりの出会いなおしであったといえます。
 しかし、永遠に出会い続けることは、現実には無理なことであります。そこにはつらい別れが待っています。それはこの大谷派の取り組みに深い理解と協力をしてくださった回復者の方や、また支援者の方との別れです。今こそ、出会いと別れをとおしながら、「人間を忘れない」というメインテーマを実現するために、あらゆる差別からの解放を願い、連帯という絆を深め、新たな誓いを確認し合う大会となればと念じています。

《ことば》
「真宗大谷派を棄てた」と発言したことに対して、私には責任があるのです < 高山教区 旭野康裕 >

 2008年高山で開催された全国交流集会で、柴田良平さんは「真宗大谷派を私ははっきりと棄てました」と言い放たれた。真宗門徒の家で育ち親鸞聖人の教えに幼少よりふれてこられた。入所後、地元の住職に「大谷派光明会」を勧められたが本質が異なると直感し、大谷派を棄てられた。しかし「痛みつけられ苦しめられている人間と共に生きられた聖人に、いだき続けてきた深い敬愛は揺るがなかった」と語られた。国策に追従してきた大谷派に対し「もともと私は人間であるものを、人間でないようにしたのは誰か? ここが一番問題だと思っています」と指弾された。
 病床で願った熱い思いを「としあけて、また訪ねゆく、飛騨の高山 」と歌で披露された。一言一言、身命を賭して語ってくださった。それは、ハンセン病問題を考える指標である。

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