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2月号 ハンセン病はいま <192>

「出会ったことの責任」を大切にしたい
─第9回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会に参加して─ <ハンセン病問題に関する懇談会委員 髙橋 深恵>

 私がいる新潟県にはハンセン病療養所がありません。また新潟から一番近い栗生楽泉園(群馬県草津)まででも3時間以上かかるので、なかなか頻繁に通うことができない状況にあります。そのため「ハンセン病問題に関する懇談会」の活動に関わる以前は、ハンセン病問題は私にとって本当に縁遠いものでした。それは同じ北陸地方の他の教区でも同様で、距離の遠さからなかなか身近な問題になりにくいことがあります。
 そこで私が所属している第2連絡会では、新潟、富山、石川の3県にまたがる教区の若い委員で「チーム雪国」というものを結成しようと動き始めています。これまでハンセン病問題にしっかりと関わってこなかった私たちがどのようにして関わりを持てばいいのか、きちんと考えていこうと会を立ち上げたところです。
 今回の全国交流集会の中でもお話がありましたが、ともするとハンセン病問題はもう解決したものとされてしまうかもしれません。しかし、逆に一番縁が遠かった私たちだからこそ、しっかりと声を上げて未来にむけて語り継ぐ努力をしなければならないと思います。
 私自身、ハンセン病問題に関わってまだ日が浅く、2001年の「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」の際も、その報道をテレビから眺める傍観者でしかありませんでした。ですから、原告団の方々やそれを支えてこられた方々の情熱に直接ふれぬままにいるわけです。もちろん国賠訴訟を起こすまでの苦労や思いもわからないし、ゆっくりとお話を聞く機会もどんどん少なくなってきています。だからこそ私たちのような若い世代がやるべきことは何なのか、この交流集会で思いを新たにすることができたと感じています。
 1日目に行われたリレートークのなかで、福島県二本松市・眞行寺住職の佐々木道範さんの「1人が1人に出会っていったら、ここ(心)が苦しくなる。出会ってしまったら、忘れられない。人間を忘れないということは出会っていくしかない」という言葉が心に響きました。それは「出会ったことの責任」が、本当に重く、大事なことなのだということをあらためて思い知らされたからです。「出会った」ことが出発点となって、「出会ってしまった」私自身が歩み始めていく。それが「出会ったことの責任」なのではないかと感じています。
 2日目に沢知恵さんのコンサートで歌われた冒頭の曲『胸の泉に(かかわらなければ)』(塔和子 詩/沢知恵 曲)の歌詞に、何度も「かかわらなければ」という言葉が出てきました。本当にかかわらなければ何もわからないし、人とも出会えないし、考えることもできないし、そして苦しみや悲しみにふれることはできません。
 「出会ってしまった」というところを、これから自分のなかでどのように据えていくのか、本当に痛感した交流会でした。どうもありがとうございました。


人間を忘れない ─ハンセン病問題・原発問題からの叫び─ <第9回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会東京集会準備委員会委員長 旦保 立子>

 涙を忘れていませんか
 怒りを忘れていませんか
 人と人のぬくもりを忘れていませんか
 人間を忘れていませんか

 鳥のさえずりが聞こえていますか
 海の底のお魚のとむらいの声が聞こえていますか
 雪の下でじっと春を待つフキノトウの
 ささやきが聞こえていますか
 遠くにいる朋の声が聞こえていますか
 声なき声に耳をすましていますか

 そして、今を生きる私たちができること
 それは、花を持って、哀しみと豊かさを語り継ぐこと


 2013年10月16日・17日、東京を会場に「第9回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」が開催されました。
 1996年「らい予防法」が廃止されたその年に、宗門は国策に追従し、同朋を見失ってきたことへの「謝罪」と同時に、国への「要望書」を提出しました。そして、1997年、第1回の「交流集会」を開催しました。それから16年間、隔年で交流集会は開かれ続け、そこに流れるものは「人間回復」という願いでありました。ハンセン病回復者の人間としての尊厳を奪っていることに気づかないまま仏法を語り、絶対隔離を是としてきたことへの慙愧の表現の一つが、この「全国交流集会」開催であると思います。
 2011年、第8回は東日本大震災・福島第1原発崩壊の激痛も冷めやらない4月に親鸞さんの姿の前で開催されました。まさに、ハンセン病問題から見えてきた課題がこの大震災・原発崩壊のありさまと通底することが確認されました。
 そして、第9回、ハンセン病と原発の問題を主たる内容として展開いたしました。
 ハンセン病回復者の「安心して、皆さんありがとうと言って、感謝しながらいのち終えたい」、福島のお寺で幼稚園を開いておられる僧侶の「僕はただ、普通に生活したいんです。生き生きといのちいっぱいに生きたいだけです。大切な人たちと一緒に未来に向けて歩んでいきたいのです。中途半端に死にたくないのです」、ハンセン病問題に関わり続けてくださっている弁護士の「私たちが、国の御用科学者だなんだと議論している間にも、最も弱い人達が切り捨てられ、家族の分断を生んでいくんです」、韓国・台湾の療養所に住まいされる方の「療養所を後世にまで、人類が覚えていられるように残していく努力をしている」、そして、長くハンセン病の問題に関わり続けておられる真宗の僧侶の「地獄・餓鬼・畜生のない国を願うこと。それは戦争・暴力、文化的知的貧しさ、差別・抑圧、隔離・排除からの解放ということです」と、一人ひとりの眼差しから「人間を忘れない」ことが語られました。


 1人と出会えばここが痛くなる。
 出会ってしまえば、人間を忘れない。
 なかったことにしてほしくない。
 理屈ではない、ここに、いのちが生きているのだから。
 そこに、生きている人がいるのだから。

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