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宗祖としての親鸞聖人に遇う

そらした視線

(福島 栄寿 教学研究所研究員)

「点滴の針跡が痛々しい黒ずんだ両腕のぶよぶよ死体が、時には喉や下腹部から管などをぶら下げたまま、病院から運びだされる。どうみても、生木を裂いたような不自然なイメージがつきまとう。…死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で一人ぽっちで死と対峙するようにセットされる。」(『納棺夫日記』青木新門著)
人の生き死について、今も忘れられない出来事がある。記憶の奥に留めてきたことだが、最近『納棺夫日記』を読んでいて、ふと思い出されてきた。
学生時代、弁当配達のバイトをしていた。店主は、古希を過ぎた老女で、店の看板が台風で飛ばされても修繕しない弁当屋さんだった。五〇個程度であったか,数名の学生が手分けして、古い軽トラで配達するのが仕事だった。
配達先に、市内最大の病院があった。客人は、休息時間がままなら無い看護師たちである。配達着の白の割烹着姿で「どうも」と挨拶すれば、「給湯室に置いておいて」と、短いやり取りがすめば、急いで次の配達場所へ移動する。
その病院へ配達に行ったある日、看護師を通じて、別に弁当一つの注文が来た。翌日、ナースセンターで病室の番号だけを教えてもらって、いつもと違う階の、階段に近い部屋にやってきた。
ノックをしてドアを開けると、そこは、さながら集中治療室だった。ビニールシートの膜に覆われたベッドの中で、口を呼吸器で覆われた老婆が、いくつもの生命維持装置と見受けられる医療器械に、身体を繋がれていた。真っ先にその老婆と目が合い、思わず息を呑んだ。合った目を斜め下にやった先に、ドア横のイスに座る付き添いの婦人が目に入った。婦人に弁当の箱を一つ渡し、「明日も」と約束して帰った。
翌日だったと思う。頼まれた弁当をその病室へ持っていくと、半開きになったドアから、ただ布団が敷かれたベッドが置いてある光景が目に入った。呼吸器を付けた老婆も付き添いの婦人も、そこにはいなかった。あの老婆は、亡くなったのだと直感した。病室が並ぶ病棟は、しかし、普段と何も変わらなく、看護師たちが、相変わらず忙しそうだった。
その時、人の生き死にとは、こんなものか、と思ったことが忘れられないでいる。あっけなさとかではなく、人の生き死にが、放り出された、その剥き出しな有様に、戸惑いを覚えたのだ。
『納棺夫日記』に綴られた納棺夫である著者の言葉は、しばし頁を捲(めく)ることを忘れさせ、私に迫った。「死を忌むべき悪としてとらえ、生に絶対の価値を置く今日の不幸は、誰もが必ず死ぬという事実の前で、絶望的な矛盾に直面することである。…仕事柄、火葬場の人や葬儀屋や僧侶たちと会っているうちに、彼らに致命的な問題があることに気づいた。死というものと常に向かい合っていながら、死から目をそらして仕事をしているのである。」(『同』)
弁当配達の通りすがり私が、ベッドの上で死に直面する見ず知らずの老婆と、たった一度、目が合った。しかし思わず私は、その合った視線をそらしたのである。私は、その視線の合った老婆に、まもなく訪れるであろう死を直感し、その死から目をそらしたのだ。
あの時までも、あの時からも、ずっと死から目をそらして生きてきた私なのではないか。今は、ただそう認めるしかない。そう思い切ると,急に親鸞が気になりはじめた……。

(『ともしび』2005年11月号掲載)

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