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宗祖としての親鸞聖人に遇う

聖人の御影を拝んで

(上場顕雄 教学研究所嘱託研究員)

親鸞聖人の「御真影」を本山で拝する時、あるいは聖人絵像のお姿や顔を拝見し合掌する時、何を考え、何を思うのだろうか。否、何も考えずにただ敬意をもって合掌する場合もあろう。
聖人の教えを聞く場合、その言葉・内容とともに、顔や視線あるいは姿をイメージする場合もあろう。たとえば関東での二十年間、習俗や権力層にまどわされる民衆に、どのような姿で阿弥陀仏一仏の教えを語られたか、などである。
聖人のお姿は住職・寺族なら毎日のように拝しているのではないだろうか。朝のお勤めの時もそうであろうが、特にお仏飯をお供えする時、お顔や眼光を自らの眼前にみて合掌するのが常であろう。少なくとも筆者はそうである。
ご門徒も「鏡御影」や「熊皮の御影」などをかつての展覧会や図録で一度は拝見されたことと思う。また近年はそれらの複製掛軸があり、それに接することもあろう。
聖人絵像の原形ともいうべきなのが「鏡御影」と「安城の御影」である。両絵像とも寿像で、前者は聖人七十歳頃の立像、後者は坐像で八十三歳の時とされる。寿像とは存命中に描かれた肖像画・絵像のことをいう。高僧の画像は多々あろうが、寿像は絵師が像主と対面して描いており、描写の正確さや迫真性を最も感じさせられる。
「鏡御影」は紙本(和紙)に墨線で描かれている。墨線の濃淡があるが、細線でていねいに描かれた聖人のお顔をよくみると、はりのある額、ややこけた頬、小さな腰や体格。不屈の念仏者としての心うたれるお姿である。
眼光は厳しさの中にやさしさが感じられ、その視線と口もとは今にも我々に話しかけてくださるような生き生きとした感をもつのは筆者だけではないだろう。
「安城の御影」は畳の前に鹿杖(頭の部分がT字型をした杖)、毛皮の草履、火鉢がおかれている。杖のにぎりの下が二つに枝分かれし、赤い火がみえる火鉢は、冬の寒い中での法談を思わせられる。後に存覚はこの絵像について、草履は「猫の皮」、敷皮は「狸皮」などと材質まで記している。
これら聖人の日常の生活を感じさせ、また罪業をせおっている同じ人間として親しみを感じ、合掌する心を生ぜせしめる。「熊皮の御影」も同様で、熊皮の上に衣姿で着座しておられるのも聖人だからこそと思う。
聖人像・お姿と対峙する時、聖人が求められた仏道、我々に示してくださった人間のあり方など、その心に遇っていこうとする自らの姿勢が問われてこよう。おのずと感動をもって聞思の心が生まれてくるのではないだろうか。宗祖七百五十回御遠忌を近く迎えるにあたって、それはあらためて聖人の門徒としての自覚でもある。

(『ともしび』2006年3月号掲載)

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