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宗祖としての親鸞聖人に遇う

法を宣(の)べんと欲(おぼ)して欣笑(ごんしょう)を現(げん)ず

(鶴見 晃 教学研究所助手)

よく親鸞聖人の肖像を見る。その顔は、法然上人のふくよかな表情と違って、あまり優しそうな顔ではない、と私は思う。存命中に書かれたという安城御影の痩せた、口をすぼめた表情は、老獪ささえ感じさせる風貌であると思うし、熊皮御影は、壮年の生気あふれる厳しさがある。その教化を知る門弟らの目に映った宗祖は、さぞこのような姿だったのであろうと思わされる。
表題の言葉は、『大無量寿経』序分の言葉である(聖典四頁)。法を説こうとして仏が微笑される。『観経』序分でも、韋提希が仏の説法を請うたのに対して、それまで黙していた釈尊が微笑される。法を説いて韋提希がさとったからではなく、説こうとして仏は微笑されたのである。
この釈尊の微笑とは、目の前にいる存在に対する、深い信頼を表しているのではないか思う。かならず仏に成る存在である、打てばかならず響く、という信頼。釈尊にとって、その機の純熟はあるにせよ、そのことへの深い信頼の中ですべての存在が見つめられていたはずである。だからこそ、まさに法を説く時が来た、ということを喜ばれるのであろう。
親鸞聖人もある意味でそうでなかったろうかと思う。確かに、宗祖は、

詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなり(『歎異抄』聖典六二七頁)

と、あたかも突き放すかのように語る。それは信仰の決断とは誰も代わることができないという、厳粛さを物語っていよう。しかし、同時に見いだされるのは、惑う人々を迎え、「愚身の信心」を語ってやまない宗祖の姿である。その姿の底には、〈われらは念仏成仏する存在である、教えによって、念仏によって、人間は自分の足で立ち上がっていく存在である〉という、目の前の人々への深い信頼があるのだろうことを、私は思う。
遺された御影に表れる生々しい生活感。宗祖が遺そうとし、また門弟らの心に遺った宗祖の姿は、そのような死ぬまで念仏申すべき存在としての「親鸞」であり、生々しい生活を共にし、共に語る「親鸞」の姿なのであろう。いつの頃からか伝えられる遺言、「御臨末の御書」は、「親鸞」という存在への、人々のそのような実感から生まれた伝説なのであろうと思う。

一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり。

人々が宗祖聖人と呼んできたのは、自らと共に生きる「親鸞」であった。人々は、自分そしてすべての人間存在に対する「親鸞」の信頼を発見したとき、あの厳しい表情の中に微笑を見いだしてきたのに違いない。

(『ともしび』2006年5月号掲載)

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