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宗祖としての親鸞聖人に遇う

正直な反省と、大きな信頼と甘え

(義盛 幸規 教学研究所助手)

大切な先輩が結婚される。彼は、私が真宗を学び始めて以来、共に学び続けている方である。この文章が紙面に載る頃には、彼は既に忙しくも楽しい新婚生活を営まれていることであろう。
私も六年前、とある女性と結婚した。その後、家族が一人増え、現在はささやかながらも会話の絶えない家庭になったと思う。今回の先輩の結婚という機縁を通して、自分の結婚生活を振り返る。阿弥陀如来のご尊前で結婚式を挙げ、二人が出遇った因縁の尊さを味わい、互いの理解と尊敬と責任のもとに生きることを誓うと挨拶した。確かに当時は因縁の尊さを味わったし、今に至って尚、賑やかな生活を過ごしている。が、日常の忙しさにかまけて、私自身、互いの理解と尊敬と責任のもとに生きると誓った結婚の原点を、時折見失っている。
今、寺川俊昭先生の「結婚するお二人へ」という文章が思い起こされる。

私は、きっとあなたを仕合せにしてあげます。現代では結婚のとき、こういう人も多いかもしれません。しかし私たちの先輩がたが、夫婦として最初に交わし合うた言葉は、「いたらぬ私ですが、どうかよろしくお願いします」でした。そこには自分への正直な反省と、相手への大きな信頼と甘えが、素直に表されております。私は、これが夫婦の原点ではないかと、思っております。(『えにしをことほぐ』)

共に生きていく結婚生活の、その根源にあるものは、「自分への正直な反省と、相手への大きな信頼と甘え」。思うに、自分の生活に足りなかったものは、自分への正直な反省であったのかもしれない。
そして、宗祖親鸞聖人と恵信尼公の生活に思いをいたす。阿弥陀如来の智慧と慈悲の中にあって、様々な苦難を、相携えながら共に歩むお二人の生活であっただろう。親鸞聖人は、六角堂の夢告によって、恵信尼公こそ観音菩薩であると確かめた。恵信尼公もまた、「あれは観音にてわたらせ給うぞかし。あれこそ善信の御房よ」(聖典六一七頁)と、親鸞聖人を観音菩薩と確かめた。夫も妻もお互いを観音菩薩として尊敬し合っていたのである。この眼差しを原点として、「自分への正直な反省と、相手への大きな信頼と甘え」が、お二人にはあったに違いない。
私たちは、ともすると自分と同じ地平に親鸞聖人を探し続けるが、むしろ、親鸞聖人と同じ地平に自分を,そして相手を探し続け、その上で親鸞聖人を宗祖と仰いでいくべきではないだろうか。結婚生活と簡単に同一視できないが、私たちの身近な生活の中に、宗祖としての親鸞聖人に出遇うきっかけがあると思う。

(『ともしび』2007年7月号掲載)

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