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宗祖としての親鸞聖人に遇う

宗祖流罪の絵像

(上場顕雄教学研究所嘱託研究員)

近々、教学研究所編『親鸞聖人行実』が発行されます。同書は「宗祖七百回御遠忌」前の一九六〇年(昭和三五年)初版された同名の書を、新しくレイアウトの変更や追加改訂したものとなり、詳細は『真宗』誌に紹介されます。
同書作成のスタッフの一人として微力ながら筆者もお手伝いさせていただいています。その仕事の中で、宗祖の流罪直前の「宗祖絵像」があることを知り、同書の「口絵」に紹介することを検討しました。
その絵像は長野市松代の大谷派本誓寺(新田光寿住職)に所蔵されています。本年二月、それを撮影させていただきました。同寺の開基は宗祖門弟で二十四輩十番目の是信です。
その宗祖絵像を拝してさまざまな思いが、脳裏をかけめぐり凝視していました。その絵像の概略をまず簡単に紹介しておきます。
本紙はタテ八九センチ、ヨコ三八センチで絹本著色です。絵像中央下部に宗祖が畳の上にあぐらをかかれ坐した容姿で、有髪・俗形で、首を右に傾けておられます。流罪のため還俗させられた姿です。絵像中央上方に「南無阿弥陀佛」の六字名号、讃は第十八願であります。向かって右に「善信三十五才」、左に「承元元年三月十一日源空七十五歳」とあり、六字名号をはさんで「露ノ身ハコヽカシコニテ、キエヌトモ、心ハオナシ、花ノウテナソ」と法然上人の歌が記されています。
絵像作成の時期は室町中期から江戸初期頃ではないかと筆者は推測しています。箱書には「禿御影」とあります。絵師については不明ですが、宗祖を熟知した人物と考えられます。
淡い色調の絵像の宗祖の表情を拝していると、師や法友と別れる宗祖の悲しい表情がなんともいえない筆致で描かれ、同感の意が伝わってきました。また首を傾げる顔貌や眼光は悲しみの中に、「念仏弾圧」に憤りを秘められるように思いました。それが絵像容姿からもよみとれます。
ただ念仏を称える同行であるということで流罪・遠流になる、たとえ当時の「律令」の規定があったにせよ、との宗祖の思いでしょう。現代の感覚ではいわば「冤罪」のようであったのではないでしょうか。理不尽な権力に対する宗祖の「思い」も一入であったとその描写表情から伝わってきます。
筆者は始めて見た「宗祖像」に、ある意味で感動をもって改めて流罪に処せられた宗祖の心情にふれたように思います。
結果的には、越後時代に宗祖は流人の制約された身でありながら念仏生活、あるいは思想・信仰を深められたと考えられます。それは京都生活では体験・見聞されなかったことに直面されたからです。魚を追う漁民、山へ入って狩猟をする人、自然の厳しさと恩恵、人間同士の醜さ等々、赤裸々な現実生活を宗祖は眼の当たりにされたと推察できます。

(『ともしび』2008年6月号掲載)

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