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宗祖としての親鸞聖人に遇う

七百五十回忌の宗祖像を求めて

(御手洗隆明 教学研究所研究員)

去る十月、前回の宗祖親鸞聖人七百回御遠忌に前後して出版された真宗史の本が二冊、相次いで装いも新たに刊行された。故井上鋭夫氏の名著『本願寺』(初版一九六二年)と教学研究所編『親鸞聖人行実』(同一九六〇年)である。
講談社学術文庫となった『本願寺』を読むと、著者の宗祖像に時代の違いを感じても、その論述は新鮮である。まるで、たった今書かれたのかと錯覚してしまうほどモダンなのである。初期真宗教団を「同朋教団」「親鸞門流」と捉えるセンス、近代になって退けられた宗祖伝説への再評価など、今こそ学びたい視点が散りばめられている。著者の親鸞への想いは熱く、真宗門徒への視線は温かい。反面、真宗教団を「宗祖に背離している」と評され、特に本願寺中心主義を唱えた第三代覚如へ向けられる視線は冷ややかにみえる。その覚如の絵像が、今回文庫版の表紙を飾っているのは面白い謎かけである。
『親鸞聖人行実』は、その覚如が『御伝鈔』に伝える宗祖伝を軸に構成されている。底本とする史料を厳密に選ぶなど、旧『行実』の質を高めることを基本とし、新たな史料と宗祖伝説などが増補されている。有力な周辺史料は解説文として、最新の宗祖研究と共に楔のように打ち込まれ、内容に厚みを持たせている。新『行実』は宗祖七百五十回忌に向けて宗祖伝を再確認したものであり、今後この史料集からどのような宗祖像を導き出してゆくのか期待される。
過去、御遠忌を機縁として様々な宗祖像が語られてきた。三十三回忌の翌年に著された『御伝鈔』では本願寺開基として、蓮如の時代には如来の化身である浄土真宗の開祖として、江戸時代には七不思議や公家への婿入りなど、超人的で貴族的な宗祖像として。そして近代、前々回(一九一一年)の御遠忌の頃は史実としての実像が強く求められ、そして前回(一九六一年)の御遠忌の頃は戦後を色濃く反映した、反権力的で民衆的な宗祖像が主張された。今、私たちがイメージしている宗祖像はこの時のものであり、『本願寺』も旧『行実』もそれを強く映し出している。
半世紀前と比べ、社会は大きく変わった。しかし、二〇一一年に迫った七百五十回忌にどのような宗祖像が、どのような歴史観で語られるのか、私には全く思い浮かばない。『本願寺』が新鮮に感じるのは、今に生きる歴史観が提唱されているからである。それは「真宗史観」というべきもので、親鸞門流がそれぞれ伝えている宗祖像を個別に見つめ直すことで宗祖の実像を明かそうとし、真宗八百年の歴史を、真宗門徒の信心の積み重ねとして見ようとするものである。
あと二年余り、私たちは現代とのせめぎ合いの中で、先人の足跡を導きとし、未来に伝わるような宗祖像を模索することになる。私は特に、両書と同時代に刊行された真宗についての本には、どこまでも宗祖の実像を求めようとする熱意を感じる。感動的なのは、「宗祖に遇いたい」という強い想い、それが時代を超えて伝わってくるからである。

(『ともしび』2009年1月号掲載)

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