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宗祖としての親鸞聖人に遇う

この世の利益きわもなし

(松本 専成 教学研究所嘱託研究員)

 親鸞聖人ご製作の『浄土和讃』には、「現世利益和讃」十五首が収められています。南無阿弥陀仏をとなえれば、天神地祇も無量の諸仏も念仏の人をお護りくださると詠われています。なかでも私が強く惹かれるのは、「流転輪回のつみきえて 定業中夭のぞこりぬ」(聖典四八七頁)というおことばです。
 蓮如上人は、人間の五十年は四王天の一日一夜にあたり、四王天の五十年は等活地獄の一日一夜だと仰っています(聖典七九〇頁)。織田信長が好んだ幸若舞の「敦盛」も、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢まぼろしの如くなり、ひとたび生を受け、滅せぬもののあるべきか」と謡うそうです。中世の人々の時間感覚は、我々の想像以上に、スタンスの広い研ぎ澄まされたものでした。四王天は持国天とか多聞天とか、この世の人々をお守りくださる神様です。天神地祇は、三悪道の地獄・餓鬼・畜生と三善道の修羅・人間・天人を六道とまとめて、迷いの世界を輪回する神々を指しています。つまり天国の神も定業をかかえた存在なのです。
 いま「天国」といえば、キリスト教やイスラム教でいう唯一絶対、全知全能の神のおわします世界のことなのでしょう。最近のお葬式に出ると、死者に対して、天国で安らかに眠ってくださいとか、天国でまた会いましょうとか、聞くことが珍しくなくなりました。死者は天国に行くと何になるのでしょうか。明治大正まで日本人のほとんどは、イスラム教やキリスト教にご縁がなかったから、天国といわれたら「六天」の世界―四王天、忉利天、夜摩天、兜率天、化楽天、他化自在天―のまします世界と考えていたようです。
 現代人は、天国に行けば、みんな何もかも思い通りにできる神になると思い込んでいるのではないでしょうか。しかしそこは六道の一つで、所詮は流転していく世界です。天国で神になっても、また人と同じように究極の解脱のために修行せねばならない。人間たちから、神様なら不可能ではなかろうと、健康で長生きさせてくれとか、金持ちにせよとか、際限もない要求が来るけれども、期待に応える暇がないのです。
 『正像末和讃』に、「仏智疑惑和讃」として二十三首が収められていますが、そこには仏法に遇いながら、本願を信じきれない自力称名の人が、疑いの罪で極楽世界の辺地にある七宝の宮殿に五百歳の間閉じ込められて、諸々の厄を受けると説かれています。七宝の宮殿というのも天国かもしれません。天人の定業は人間の十倍五百年(蓮如上人のお示しに従えばさらにその三百六十五倍)だが、懈慢辺地でもろもろの厄を受けねばならない。ここでもやはり人間の望みをかなえてあげる暇はなさそうです。
 定命をまっとうしたから大仏だとか、夭折したので小仏だとか、そんなことは突き抜けた境涯が存在する。それを親鸞聖人は「この世の利益きわもなし」と仰せられて、「無人空逈の沢」(聖典二二〇頁)に立ち尽くす私を導いてくださるのです。聖人のみ後を慕って、お念仏一筋にまいりましょう。
(『ともしび』2010年10月号掲載)

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