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宗祖としての親鸞聖人に遇う

民の如く生きる親鸞聖人

(御手洗隆明 教学研究所研究員)

 宗祖七百五十回御遠忌を機縁として、各地で親鸞聖人と浄土真宗をテーマとした展覧会が開催された。聖人と門弟たちの自筆や御影、絵伝などを間近に拝見することで、聖人たちの面影と真宗の息吹を感じたように想う。一見、他の文化財と同じような展示物に見えても、浄土真宗の教えを伝えるために時代を超えて遺された宝物類は、黙してはいるが何かを語ろうとしているのである。
 出展された宝物のなかに、親鸞聖人が「花押(かおう)」を記された自筆の書状が数通あった。花押とは署名の一種で、今でいうサインである。元々は名前を崩し字で書いたものであったが、聖人の時代には筆者の意志や主張を文字に込めてデザインした花押が登場していた。すると、花押からは筆者の人格や思想が読み取れるのである。
 聖人が何の文字を花押とされたのかは謎であり、あるいは「鸞」を崩したものかという意見もあるが、一説に「如民」と読めるのではないかという興味深い見解がある(『花押読み解き小事典』)。 もし聖人が、 「如」と「民」をデザインして自身のサインとされていたとすれば、そこには何が込められているのだろうか。
 聖人の書状は、ほとんどが関東門弟宛であるから、「民」の語からは聖人が終生親しんだ関東の門弟たち、「ゐなかのひとびと」を連想できると思う。もし聖人が「私は民の如く生きる者である」と花押に込められていたとすれば、様々な理解が可能であろうが、私はまず最晩年の聖人が書状で「信心の人は如来に等し」「弥勒に同じ」と繰り返し説かれていたことを思い起こす。
 この教えは『教行信証』などにも説かれているが、注意しておきたいことは、京都や奈良の「いみじき僧」(高位の僧侶たち)に向けたのではなく、関東のいなかの人々へ向けて教説されたことである。その根拠は「信巻」に示され、のちに『唯信鈔文意』に展開された元照律師の文、
 具縛の凡愚・屠沽の下類、刹那に超越する成仏の法なり。「世間甚難信」と謂うべきなり。(聖典二三八頁)にある。
 聖人が凡愚・下類とされるような「民」と身近に接し、共に生きたのは流罪地越後であり、特に二十年に及ぶという関東時代であったことは疑いない。この人々に向かって、信心を獲た人は煩悩の身のままで無上大涅槃にいたる、如来と等しい位の仏者である。これが煩悩に縛られた凡愚、あるいは下類とされた人々が世俗の常識を超えて仏となる道、本願の仏道であると、聖人は告げられている。
 いなかの人々という「民」と同じ凡愚であるという自覚と、本願他力の教えを身証し伝えるのはこの人たちであるという信頼を、聖人は抱き続けた。聖人は関東を離れ京都でその生涯を終えられたが、終生、民の如く生きる関東の仏者の一人であり続けたことが、聖人の花押に込められているように想うのである。

(『ともしび』2012年5月号掲載)

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