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宗祖としての親鸞聖人に遇う

高倉会館と水口達

(都 真雄 教学研究所助手)

 京都市内にある六条通と高倉通の交差点を北に上がり、一筋目を越えると、右手に高倉会館が見えてくる。幼稚園が併設された木造瓦葺の古い建物は、ひっそりと佇んでいるようにも見える。
 高倉会館は、東本願寺の旧高倉学寮講堂であり、過去には名立たる教学者の方々が会館を訪れ、そこで法話をされている。そして現在も、日曜講演などを始めとして、様々な講演が行われている。
 私は以前に高倉会館の歴史について少し調べる機会があった。そのとき、高倉会館は、一九二二年(大正十一年)に、立教開宗七〇〇年記念事業として、高倉学寮の講堂を改装したものであること、館内に掲げられた「貫練堂」と記された額は、東本願寺第二十代達如上人(一七八〇~一八六五)の筆によりものであり、それが『仏説無量寿経』の「群籍を貫練したまう」(聖典三頁)に基づくことなどを知ることができた。
 さらに改装以前の歴史を調べていると、ある先輩から幾つかの調査資料を頂くことができた。その中の一つの文書によって、現在の建物が一八八三年(明治一六年)に新築されたことなどを知ることができた。
 そしてその資料の中に心惹かれるものがあった。それは「高倉会館三十周年を迎えて」(『真宗』昭和二十八年五月)と題された山名義順氏(元高倉会館館長)の文章だった。それを読んで私は水口達という方の存在を知った。
 水口氏は、越前鯖江の間部藩の武家に生まれ、一時は困窮したものの、貿易業によって三十代で財をなした。そこで水口氏は、苦労をかけた母に恩返しをしようとするが、熱心な念仏者だった母はそれを受け入れなかった。
 その後、その母が亡くなり、水口氏はそれを契機に、多田鼎氏の常円寺(愛知県)で聞法するようになる。
 ある日、水口氏は母への追孝と、多田氏に対する謝念のために、常円寺の本堂の修繕を申し出るが、寺の世話方がそれを受け入れなかった。しかしまさにその頃、多田氏は、山辺習学や加藤智学などの諸先輩方とともに、荒れ果てた貫練堂を改装し、聞法の道場にしようと尽力されていた。多田氏は水口氏にその改装を依頼する。それによって水口氏は多額の浄財を寄付し、本山当局の深い理解もあって、一九二二年に改装が成し遂げられたということだった。
 私はこの逸話を読んで、胸が熱くなった。高倉会館が、様々な願いによって改装されたことに気づき、心を動かされた。そして今も水口氏や諸先輩、そして宗門の願いが、高倉会館に託されているように思えた。
 それと同時に私は『教行信証』後序の『安楽集』の言葉を思い出した。

  前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え(聖典四〇一頁)

 水口氏の母が、息子を導こうとしたかどうかはわからないが、私には、念仏者である母の後姿が、水口氏を多田氏のもとへと導いたようにも思えた。
 そのように思いながら、高倉会館を眺めると、以前とは違って、雨や曇りで辺りが暗い時でも、そこに明るい温かな感情が感じられるように思えた。

(『ともしび』2012年9月号掲載)

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