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聞

痛棒

(小田 朋隆 教学研究所所員)

 「思いどおりになる」。このことに、ほんとうに全身全霊、かかりきりで、毎日を過ごしている気がする。
 聞法の機会を得て、ちょっと真宗の教えの言葉にふれたら、それを“わが手柄”と握り、自己顕示に利用し他を圧して、自分の「思いどおり」を実現しようとする。そのとおりの「正しい私・間違っていない私」が、じっさい実現するかどうかはともかくとして意識は常にそこに向いている。恥ずかしいし、どこか空しい。そう思い知らされることが、ある。

先日、何度か読んでいる本でこんな表現と際会した。
 「私たちは、真宗の教相をおさえて信心とか念仏について語っていかないと、勝手なことを言いつのることになると思うのです」

(安冨信哉『親鸞・信の教相』法蔵館)

 勝手なことを言いつのる…「痛棒を喫する」とはこれか、と思った。
 私の毎日は、「自分は正しい」と主張するためにあらゆる事物を利用する──人もお金も情報も「思いどおり」にするために使う、使い捨てる。
 それはそのまま自分自身も他から利用される痛ましい関係を招きながら、なおかつ誓願の尊号、「南無阿弥陀仏」すら利用しようと考えたりする。「もう、どうしようもないから、こうなったら念仏しかないね」などと──。
 けれども「南無阿弥陀仏」は、決して利用されない。前後を裁断し、常に静かに名のっておられる。その名(みな)は、いつも私の有り様を如実に照らし出してくださる。この無限に教えられる私と、教えられないと気づけない者を見捨てず呼びかけてくださるはたらき、そこに真宗の教えの具体像、教えのすがた、「教相」を学ぶ入口が示されているように思う。

 秋到来。報恩講がおつとまりになる季節を迎えた。ただ今年は、頂戴した“痛棒”のおかげか、これまでとはまた別の緊張感がある。かれこれ数十年、さまざまな機会をとらえて言われ、聞いてきた「宗祖に還れ」。はたして私は今日まで、どれほど宗祖親鸞聖人「その人」にお会いしたであろうか──たいへん心許ない。なにか、つまみ食いした諸師の言葉を都合で利用し、信心や念仏を、さも分かったふうに、ステレオタイプ化して語る。それは、「大乗のなかの至極」である浄土の真宗を、個人的に味わっているだけならまだしも、周囲に、家族をはじめ縁ある人々に対して、せばめ続けるような謗法の罪を重ねているのではないか。
 こんにち親鸞聖人を「宗祖」といただく一点は、いま現に『顕浄土真実教行証文類』を手渡してくださった方であるからに違いない。稀有な縁にて「坂東本」(影印本)にふれた時、『教行信証』は、親鸞その人であるように感じられた──。
 七百五十年を超え、否、二千年を遙かに超えて静かに流れ、「いま」に届けられた悲願。その願心を、かくも鈍い者に対して、倦(う)むことなく知らせてくださる尊い「ひと」。そのかたのご法事として、家族と一緒に、報恩講にお参りしたい。

(『ともしび』2015年11月号掲載)

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