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七高僧絵像と和讃

(上場 顕雄 教学研究所嘱託研究員)

 普通寺院の本堂のお荘厳は余間に「聖徳太子」と「七高僧」の両絵像が安置されている。本山の阿弥陀堂南余間には七高僧のうち、六高僧がそれぞれ一幅ずつ掛けてある。法然上人は別に内陣の本尊南脇壇に掛けてあり、本山の場合の七高僧は一幅に描かれていない。当初は一幅に七高僧が描かれていたと考えられる。
 いつごろから、太子・七高僧絵像が安置されたお荘厳になったのであろうか。寺族・門徒が本堂に参詣した時、両絵像を眼前にし、自然に合掌する。
 両絵像が寺院・道場に下付授与されたのは裏書から第八代蓮如上人・第九代実如上人時代よりなされてきたことは判明している。しかし、それはごくわずかで、大谷一統の寺院などに限られている。
 むしろ第十二代教如上人時代より下付授与が増していき、次の第十三代宣如上人から盛んになった。特に寛永年間(一六二四~四三)に宣如上人は多数授与していた。それは、幕藩制下の本末制や寺檀制によって、真宗の道場が寺号を収得することと関係している。つまり、道場から寺院化することによって、その体裁を整える中で、余間が設けられて、念仏の相承者である高僧の絵像が一幅に描かれて安置され荘厳されたといえる。
 「正信偈」をお勤めする時、龍樹以下、七高僧の名に接する。宗祖が真宗相承の祖師と定められた高僧・菩薩の名に接し、ある意味で親しみを感じる。しかし、各高僧の著作を読み理解するのは困難な点もある。たとえば、龍樹の『十住毘娑沙論』や道綽の『安楽集』などを読み解くには専門的な力量がいる。学習会・研修会で輪読するのが精々ではないだろうか。
 そこで筆者は時に宗祖の「高僧和讃」に眼をむける。龍樹十首、天親十首、曇鸞三十四首、道綽七首、善導二十六首、源信十首、源空二十首の和讃を宗祖は讃嘆しておられる。高僧和讃のみで百十七首である。それら七高僧の伝記・著述・教義の要義を宗祖は丹念に調べ、道を求められたのはいうまでもない。宗祖は和讃を「ヤワラゲホメ」と左訓されているように、わかりやすく、それを味読していくことは門徒としての自覚をさらに促される気がする。
 筆者の好きな和讃の一つである「善導讃」に、「煩悩具足と信知して 本願力に乗ずれば すなわち穢身すてはてて 法性常楽証せしむ」(聖典四九六頁)がある。
 煩悩に惑わされることが日常である筆者にとって、この和讃を詠む時、その自覚に気づかされる。煩悩にふりまわされている自らの姿である。
 また、宗祖は高僧和讃の結びとして次の和讃をあげておられる。「五濁悪世の衆生の 選択本願信ずれば 不可称不可説不可思議の 功徳は行者の身にみてり」(聖典五〇〇頁)
 はからいを超えて説くことも、言葉もおよばない功徳が念仏行者の身に満ちている、と教えて下さる。各高僧の念仏教化の結讃である。
 七高僧絵像を拝する時、高僧和讃を思いうかべながら合掌する。

(『ともしび』2015年12月号掲載)

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