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先生を偲ぶ―三回忌を迎えるにあたって―

(都 真雄 教学研究所助手)

 一昨年の三月末、前教学研究所長である安冨信哉先生が亡くなられた。それからの時間を思うと、長くも短くも感じる、そのような不思議な時間である。振り返って思い起こされるのは、先生を慕う方々の表情、そして先生の言葉である。
 まず様々な方々の表情を思うと、しんらん交流館のすみれの間で、四十九日の満中陰まで勤められた法要が思い出される。その中で私は個人の時間を用いて聖教や先学の言葉に触れながら、しんらん交流館で教学研究所を中心に勤めた法要に参列していたが、それらが私にとってかけがえのない時間となった。
 とは言うもののその際に、私自身に何か劇的な事が起り、私の内面に大きな変化が生じたというわけではない。ただ先生を偲び、悲しみの中で法要に出ていたように思う。しかしながら振り返って思い返すと、皆で集まって法要を勤めることを通して、自分の中に渦巻いていたやり場のない感情が、不思議に治まっていったように感じられるのである。当時そのように強く思ったわけではないし、満中陰までの時間だけで私自身が先生の死を受け入れることができたわけではない。しかし時が経って私は、法要が人間の心の苦悩に沿うことを改めて実感したのである。私にとっては皆で集まり、ともに先生を偲んだことは大切なこととなった。
 そしてさらに思い出されるのは、先生の様々な言葉であるが、それらについて私は頻繁に思い出すことができた。その理由の一つは、先生の講義録の発行を目指し、その編集作業に関わることができたからである。その講義録は、本山で行われている教化伝道研修における先生の講義を纏めたものであるが、私は編集をする際に先生の肉声を懐かしく思い出していたのである。
 その際、「われらの地平」(『真宗僧伽論』東本願寺出版、三二頁)という言葉が印象深く感じられた。現代の生活は、科学技術の発達によって便利にはなったが、実際の人間の繋がりは分断され、個人化・孤独化が進んでいる。そのような時代の中で先生は、僧伽を念頭におかれ、われらの地平に立つことの意義を示されたのである。その言葉は生前からよく聞いていたものだったが、その時の私にはそれまでにない響きが感じられた。以前はその言葉を聞く時、「われら」という言葉を親鸞聖人や蓮如上人、あるいは金子大榮先生が大切にされていたということについて考えさせられていた。しかし先生が亡くなられた後は、「われらの地平」という言葉を大切にされた先生ご自身の思いが強く感じられた。同時にその言葉の意味が問われるとともに、自分自身がわれらの地平に立っているかを厳しく問うものであるように思われた。
 そこから私は先生の様々な言葉について思いをめぐらしたが、その中で痛感したのは、先生は私にとって居なくなったのではなく、気づけば教えとして私の中に生き続けているということだった。

(『ともしび』2019年3月号掲載)

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