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百年前に言語化したもの

(鶴見 晃 教学研究所所員)

 一九二〇年、ドイツの法学者と精神科医が『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』という本を出版した。今から百年前のことである。ドイツはその後ナチス時代を迎え、一九四〇年からは、この本が利用され、「生きるに値しない命」として多くの知的障害者や精神障害者等が安楽死させられた。そしてT4作戦と呼ばれたこの政策が、のちのホロコーストに繋がっていった。
 劣った遺伝子を淘汰し、優良なものを保存しようとする優勝劣敗の思考は優生思想といわれる。特に戦前には優生学として盛んに研究された。先の本やナチスの政策は、優生思想よりも経済効率が背景にあるとされるが、生きる価値の有無を前提とする点で優生思想に立脚している。そして、日本で一九九六年まであった旧優生保護法下で強制不妊手術が行われた背景にも、いうまでもなく優生思想がある。本年四月二十四日に被害者に対する救済法が成立したが、優生思想は、私たち自身の課題であるということを思う。
 ある精神科医の方が、講演の際、当時この強制不妊手術に問題意識がなかったという反省を語っていた。真摯に語るその姿に考えさせられたのは、知らなかった、問題と見えなかったということの背後にある問題だった。それは、問題を見えなくさせる本質が、優生思想の問題性と歴史に対する認識を欠き、私たちの社会の課題、わが身の課題とせぬままに来たことにあるということだった。
 自分の、そして身近な存在の生老病死は動かしがたい現実として迫ってくる。その時、私たちは、その生老病死のあり方に優劣、好悪等の感覚を懐き、苦悩し、より良いあり方を望む。それはあまりに普通の私たちの情動である。しかし、そのより良いあり方を望む人の情は、生老病死の苦悩の母胎でもある。望むあり方と異なる自分や他者の存在が苦悩となるのである。
 勿論、より良いあり方を望むことがそのまま優生思想とはいえない。しかし命に対して劣を退け優を望む心は、優生思想の根底をなす。その意味で「生きるに値しない命」という言葉は、百年前に言語化された、私たち自身に潜む優生的な思考といわなければならない。では百年が経ち、私たちはどういう人間観を生きているのであろう。そして命に向ける眼差しは、社会を土壌に育てられ、無意識に生きられていくものであるが、私たちが生きている社会が内包する人間観は、百年を経て変わったのであろうか。そのことをいかに見つめ、課題とするのかということを抜きに、優生思想を超えていくことはできない。
 「われわれは、それを犯罪だから非難するのではなくて、われわれがそれを非難するから犯罪なのである」(エミール・デュルケーム『社会分業論』、ちくま学芸文庫、二〇一七年、一四八頁)とされる。それにならえば、私たちがそう見るから「生きるに値しない命」となると言える。生きることの苦悩に眼を据えながら、生に価値の有無はない、という眼差しを育む私たちであろうとすることは、生老病死を生きるわが身の課題である。

(『ともしび』2019年7月号掲載)

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