ラジオ放送「東本願寺の時間」

酒井 義一 (東京都 存明寺)
第3回 もうひとつの物語 [2010.11.]音声を聞く

 おはようございます。今朝は「もうひとつの物語」というお話をさせていただきます。想像をしてみてください。
 ここは、南の海にぽっかりと浮かぶ島です。その島には、善良で平和を愛する人たちが暮らしていました。だれもが一生懸命、いまを生きようとしていました。
 その島の海の向こうには、別の大きな国がありました。ある日、その国にひとりの男の赤ちゃんが生まれました。とっても元気のいい赤ちゃんです。赤ちゃんはすくすくと育って、やがて少年となりました。天真爛漫で、そしてちょっとやんちゃな男の子に育っていきました。
 その男の子は、南の島には宝がたくさんある、あの島を奪い取ってしまおう、と考えました。それというのも、「あの島の人たちは悪い人たちだ」「あの島の人たちは劣っている」という大人たちの考えに影響を受け、やがて「南の島はこわい島だ」「危険な武器を持っているかもしれない」と思い込むようになったからです。
 男の子は、やがてサル・キジ・イヌという仲間を連れて南の島に攻めて行きました。男の子の名前は「桃太郎」といいます。平和に暮らしていた南の島の人たちは、その桃太郎たちによって、なんの罪もないのに、次から次へと殺されていきました。赤ちゃんも、子どもも、おとなも、お年寄りも、・・・。次から次へとたくさんの人たちが殺されていきました。 島には言い尽くせない怒りと無念さが広がりました。
しかし、その悲しみに光があたることはありませんでした。それどころか、桃太郎の国では、「桃太郎は英雄だ」「正義の味方だ」という言い伝えが、いつまでもいつまでも、そしていまでも残っているということです。

 これは皆さんよくご存知の「桃太郎」という話を、殺される鬼の側から見た話です。もちろんこれは作り話です。でも、これとよく似た出来事が、私たちのまわりにはたくさんあるのではないでしょうか。
 いまから70年ほど前。私たちの国は戦争をしていました。多くの日本人がその戦争の犠牲となっていきました。同じように、日本が攻めていったアジアの人たちもたくさんの人が殺されていきました。殺された人の数は2000万人とも3000万人ともいわれています。数さえはっきりしないのです。「あの人たちは殺してもかまわない」という考えを私たちの国も、よその国も持ってしまったのです。自分は正義の味方だと思いこみ、相手を悪い奴と決めつけてしまえば、人間はどんなことでも行ってしまえるそういう存在なのです。そのことを忘れないでいたいと思います。
 もうひとつの桃太郎の話は、戦争の話だけではありません。私たちは人間関係の中を生きています。たとえば学校であったり、会社であったり、家族であったり。そのような中で、相手のことをよく知りもしないで、勝手に自分にイヤなことをしてくるイヤな奴ではないか、と思い込んでしまうことはないでしょうか。すると相手は、まるで鬼のように見えてくるものです。また、その結果として、無視をしたり、いじめをしたり、時には勢いあまって暴力を振るったりしてしまうことはないでしょうか。
 大切にしたいことは、私が自分勝手に作りだしたイメージで相手を見るということではありません。そうではなく、大切にしたいことは、相手と具体的に出会う、ということです。相手をひとりの人間として出会いなおしていく、ということです。生きる道を懸命に願い求めている一人の人として出会う。ひとりの人間として人と出会っていくということを、何よりも大切にしたいと思っています。

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