ラジオ放送「東本願寺の時間」

酒井 義一 (東京都 存明寺)
第6回 本当の宝 [2010.11.]音声を聞く

 おはようございます。今朝は「本当の宝」というお話をさせていただきます。
 昔、あるところに一人の船乗りがいました。その船乗りは、毎年宝を探して海へ旅に出かけていました。しかし、彼は今回の旅を最後にするつもりでした。それは、今回の旅が今までに手に入れたことがない「本当の宝」を求めての旅だったからです。
 船乗りは、その旅についての心がまえを、あるお坊さんに尋ねました。お坊さんはこう言いました。  「旅の途中には、自分の力ではどうにもならないことが起こるだろう。その時には、静かに落ち着いてほとけさまの声を聞きなさい。」
船乗りはこの教えをたいへん喜びました。そして、いさんで旅に出かけていったのです。
 一週間たったある日のことです。突然海がまっぷたつに割れて、そこから現れたのは、ものすごく大きくて恐ろしい魔物でした。魔物は船べりをおさえて、船乗りをにらみながらこう言いました。
 「おれはこの海にすむ最も恐ろしい魔物だ。おまえは今までおれより恐ろしいものを見たことがあるか。返事ができなければ、おまえを食べてしまうぞ。」
船乗りは今までにこれほど恐ろしい魔物を見たことがありません。けれどもこの時あのお坊さんの教えを思い出しました。そして、静かに落ち着いて、ほとけさまの声を聞きました。すると不思議なことに、今まで思いもしなかった答えが現れてきたのです。
 「私は今まであなたほど恐ろしいものは見たことがない。でも、もっと恐ろしいものがあります。それは人間の心です。自分さえよければ周りはどうなってもかまわない、そんな人間のもつ心こそ、もっとも恐ろしいものであると、教えられました。」
その船乗りの答えを聞いて、魔物は大変感心し、海の中へと消えていきました。
 うららかな日はつづきました。そこに今度は別の魔物が、とっても美しい姿をして現れてきたのです。
「私はこの近くの島に豪華な屋敷を持っている。そこにはたくさんの宝もある。それらをすべてあなたに差しあげよう。あなたはもうこれ以上旅をする必要はないのだよ。」
と言いました。旅の目的はこれで手に入ったかのように思えました。しかし、船乗りは今度もまた、静かに落ち着いてほとけさまの声を聞いたのです。そして彼はこう答えました。
 「今までの旅なら、その島に行けば宝は手に入るでしょう。しかし、今私が探しているのは見かけだけの美しい宝ではありません。私の求めているものは「本当の宝」です。」
美しい魔物はその言葉に深くうなずきました。そしてこう言いました。
 「なるほど確かにその通り。今まで私の島に来た人は、争いをしたり、怠けてしまう人ばかりだった。では、あなたにもう一つお尋ねしたい。」
美しい魔物は、次のように尋ねました。
 「豪華な屋敷や宝物よりも大切な「本当の宝」とは、いったいどのようなものですか」
船乗りは、こたえました。
 「それは、生きる道を求めつづけるという心です。そう、道を求める心こそ、本当の宝です。」
この意外な答えは美しい魔物を驚かせました。そして船乗りは、静かにその理由を語り始めました。   「人は皆誰もが心の奥底で生きる確かさを求め続けている、とても真剣に…。人は皆誰もが、たとえどのような状況に置かれても、ちゃんと生きたがる心を持っている。そのような心こそ、何物にも代えられない本当の宝。それが仏さまから教えられたことです。」
何という説得力のある答えでしょう。本当の宝とは、誰の中にも宿る「道を求め続ける心」だというのです。
 かくして船乗りは、めでたく「本当の宝」を手に入れたのでした。
 この物語はこれでおしまいです。実は、船乗りとは、この世を生きる私たち一人ひとりのことなのです。
 私たちは誰もが皆、旅人。本当の宝を求めてやまない、人生の旅人。それが実はこの私なのです。

第1回第2回第3回第4回第5回第6回