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正信偈の教え-みんなの偈-

龍樹大士

【原文】
釈 迦 如 来 楞 伽 山  為 衆 告 命 南 天 竺
龍 樹 大 士 出 於 世  悉 能 摧 破 有 無 見

【読み方】
しゃ如来、りょうせんにして、しゅうのために告命ごうみょうしたまわく、
南天竺なんてんじくに、りゅう樹大じゅだい世にでて、ことごとく、よく有無うむけんざいせん


 今回から、「正信偈」「しゃくだん」の「龍樹章」といわれているところに入ります。七高僧の最初の龍樹大士について述べてある部分です。
 初めの「釈迦如来」は、申すまでもなく、釈尊のことです。真実に目覚められたお方を「ぶつ」といいますが、「如来」は、真実(にょ)から来られたお方、という意味ですから、真実に目覚められた上で、真実でない私たちの世界に真実を伝えに来られたお方であるということになります。仏と如来とは、自ら真実に目覚めた人と、他に真実を伝えようとした人と、そのような言葉の上での意味の違いがあるわけです。
 釈尊は、『りょうきょう』というお経をお説きになりました。それは、「りょうせん」という山の中でお説きになったお経とされているものです。伝えられているところによりますと、楞伽山という山は、セイロン島、今のスリランカにある山だということになっておりますが、くわしいことは明らかではありません。
 『楞伽経』によりますと、釈尊は、その楞伽山におられて、そこで、だいという名の菩薩をはじめ、多くの人びとに向かって教えを説いておられましたが、その中で、重要な予告をされるのです。これを専門的には「楞伽けん」と言っています。
 釈尊が語られた、その予告といいますのは、ずっと後の世に、南天竺なんてんじく、つまり南インドに、龍樹という名の菩薩が出生するであろうということ、そして、その龍樹菩薩は、人びとがこだわっている誤った考え方をことごとく打ち砕くであろうということ、そのような予告だったのです。人びとがこだわる誤った考え方というのは、ものごとを実体として肯定する考え方(けん)と、ものごとを虚無として否定する考え方(の見)とです。その両方の考え方を龍樹大士は一挙に粉砕されるであろうと予告されているわけです。
 龍樹大士の「大士」というのは「菩薩」のことです。古代のインドの言葉に「ボーディ・サットヴァ・マハー・サットヴァ」という言葉があります。この言葉が中国に伝えられましたが、中国には、これに当たる言葉がなかったのです。そのために、インドの言葉を耳で聞いて、それにもっとも近い発音の漢字があてはめられたわけです。このような方法を音写といっています。中国には、片仮名や平仮名がありませんから、音写するほかはなかったのです。
 それで、インドの言葉を「提薩だいさっ摩訶まかさっ」と音写したのです。ボーディ(菩提)は「仏の覚り」、サットヴァ(薩埵)は「生きもの」という意味で、さし当たっては「人」のことです。もとの言葉の前半の「菩提薩埵」は、「仏の覚りを求める人」いう意味になりますが、これを短く省略して「菩薩」という言葉にしているわけです。
 後の半分の「摩訶薩埵」のマハー(摩訶)は「偉大」という意味で、サットヴァ(薩埵)は先ほどと同じで「人」という意味です。このマハー・サットヴァは、「偉大な人」ということですから、これを中国語にあらためて、「大士」としているのです。
 したがって、「菩薩」は、もとのインドの言葉の前半を音写して短くしたもの、「大士」は、もとの言葉の後半を中国語に訳したもの、ということになるわけです。結局、菩薩も大士も、釈尊が教えられた真実を顕かにしようとしておられる立派な人という意味になるのです。
 龍樹という人は、西暦一五〇年ごろから二五〇年ごろにかけて、南インドで活躍された人であるとされていますが、年代のくわしいことはわかっておりません。伝説では、この人は、龍に導かれて大乗の教えを体得された人であり、樹の根元で生まれられた人であったので、「龍樹」と呼ばれるようになったと伝えられています。
 この人は、釈尊がお説きになられた「縁起」という道理を、「くう」という思想によって解明され、また、形式化していた当時の仏教を「大乗」という思想によってよみがえらせた人でありましたので、「菩薩」と仰がれておられる人なのです。

九州大谷短期大学長 古田和弘

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