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正信偈の教え-みんなの偈-

大乗無上の法

【原文】
宣 説 大 乗 無 上 法
証 歓 喜 地 生 安 楽

【読み方】
だいじょうじょうほう宣説せんぜつし、
かん喜地ぎじしょうして、安楽あんらくしょうぜん、と。


 釈尊は、りょうせんという山で説法されたとき、重要な予告をされました。それは、ずっと後の世に、南インドに龍樹りゅうじゅという名の菩薩が出るであろうということでした。そして、ものごとを認めることにこだわる「けん」と、ものごとを認めないことにこだわる「の見」と、その両方の誤った考え方を一挙に砕き破るであろうと告げられたのでした。
 そのことを親鸞聖人は「正信偈」に「しゃ如来にょらいりょうせん しゅう告命ごうみょう南天竺なんてんじく りゅう樹大じゅだいしゅっ於世とせ 悉能摧しつのうざい有無うむけん」(釈迦如来、りょうせんにして、衆のために告命ごうみょうしたまわく、南天竺なんてんじくに、龍樹りゅうじゅだい世に出でて、ことごとく、よく有無うむけんざいせん)と詠っておられるわけです。
 釈尊は、さらに予告を続けられました。それが、今回の二行に詠われている予告です。すなわち、「宣説大せんぜつだいじょう上法じょうほう しょうかん喜地ぎじ生安楽しょうあんらく」(大乗無上の法を宣説し、歓喜地を証して、安楽に生ぜん、と)というところです。
 龍樹という菩薩は、後の世に、「大乗という、この上になくすぐれた法を述べ伝えるであろう」ということ、そして「歓喜地というさとりを得て、安楽国、すなわち阿弥陀仏の極楽浄土に生まれるであろう」ということ、このような予告だったのです。
 龍樹大士は、「大乗」といわれる仏教を大成させた人でありました。そのため大乗仏教に属するあらゆる宗旨の祖と仰がれている人なのです。
 「大乗」というのは、「大きな乗り物」ということです。それは「多くの人を誰でも、迷いの状態から、迷いのなくなった状態に導いて行ける教え」というほどの意味に理解することができます。「大乗」に対して、一方に「小乗」という言葉がありますが、それは適切な言い方ではありません。「大乗」という考え方を主張していない伝統的な仏教の考え方をおとしめた言い方だからです。
 釈尊がお亡くなりになった後、釈尊が語り残された教えは、それぞれの世代を越えて、仏弟子の間で忠実に受け継がれました。そして、釈尊のお言葉を正確に受け止めようとする懸命の努力が何百年にもわたって積み重ねられてきたのです。
 そういうなかで、「大乗」という考え方が起こったのです。それは、釈尊がお亡くなりになって三百年以上も後のこととされています。
 釈尊は教えられました。人が生きるには、さまざまな悩み苦しみを経験しなければならないと。そして、そのような苦悩がなぜ起こるのかと言えば、それは、真実について無知であり、欲望のために、こだわるべきでない物事にこだわるからだと。だから、苦悩から逃れるためには、その原因である無知や欲望に代表されるさまざまな煩悩から離れなければならないと教えられたのです。
 この教えを忠実に受けとめた伝統仏教の人びとは、無知や欲望などの煩悩をなくした阿羅あらかんという境地に到達することを目指しました。そして命がけの熱心な修行に励んだことでしょう。しかし、ここに重大な問題があります。
 釈尊は、三五歳で仏になられ、八〇歳でお亡くなりになるまで、四五年間、休む間もなく、人びとに教えを説き続けられたのです。それは、すべての人が迷いから覚めて、真実に沿って安楽に生涯を尽くしてほしいと願われたからでした。釈尊のこのお心と、自分一人のだつを求める、伝統仏教の受けとめ方の間には、大きな隔たりがあるわけです。
 そこで、釈尊のみあとを慕い、釈尊のお心に沿って生きようとする人びとが、「どのような人でも載せていただける大きな乗り物」つまり「大乗」として、釈尊の教えを受けとめ直そうとしたのです。それにともなって、自分一人の解脱を求める伝統仏教の考え方を「小乗」としておとしめたのです。
 しかし、小乗との関係によって成り立つ大乗、小乗を排除するような大乗、そのような考え方は、真の「大乗」とは言えないのです。やはり、すべてを包み込めるような「大乗」でなければ、すべての人を救いたいと願われた釈尊のお心に沿わないことになるのです。
 そのような「無上の大乗の法」を、龍樹大士は世間に宣説されたというわけです。

九州大谷短期大学長 古田和弘

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