

他力の庭―東本願寺の庭師コラムー
第2回
あらためて「庭」とは何でしょうか。歴史を遡れば、その時々の人間の生活や文化、そして宗教と深く関わり合いながら多様に変化し続けてきました。極楽浄土を模した仏教的な空間、精神性を高める茶の湯の場、あるいは権力者が威信を示し人々をもてなす宴遊の舞台。
それら原点にあるのは、磐座※1に神仏を見出すような、「自然信仰」だと言われています。築山※2を築き、石を据え、樹木を配する。庭という行為は、単なる造形ではなく、自然そのものへの畏敬の念から生まれた「祈りの行為」に他なりません。
庭にある石一つにも、億年単位の物語が宿っています。山は大地の隆起やマグマの噴出によって生まれ、気が遠くなるような時間、風雨にさらされ今の形になっています。人間の寿命が及ばぬ時間を生きる樹木や石の前では、私たちの存在は一瞬に過ぎません。それでも庭を造るのは、私たちが消えた後も続いていく世界への願いが込められているからでしょう。
一方で、庭には人間より短い時間を生きる鳥や虫、目に見えない微生物たちの命も息づいています。人間のはからいを超越した存在たちが織りなす命の営み。すべての存在が持つ環世界※3に想いを馳せながら、刻々と移ろいゆく不可思議な命のつながりに手を合わせてみてはいかがでしょうか。
※1 磐座…古神道における岩に対する信仰のこと。あるいは、信仰の対象となる岩そのもののこと。依り代のひとつ。
※2 築山…庭園などに山をかたどり、人工的に土で小高く築いたところ。
※3 環世界…生物がそれぞれ独自の時間・空間として知覚し、主体的に構築した世界のこと。
ジョウビタキ(雄)
2025年1月23日渉成園にて
環世界は生物に対して使われる言葉ですが、アニミズム※4の考えでは、山や石にも環世界があることになります。山や石の視点からも庭を眺めてみましょう。
※4 アニミズム…有機物・無機物問わず、万命があるという考え方。
太田 陽介(植彌加藤造園株式会社)