機関紙『同朋新聞』

お寺の掲示板に込められたさまざまな願いを、今月の言葉と一緒に毎月お届けします。

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燈明寺
福照寺(新潟教区 第23組)

新潟県新潟市北区下土地亀301番地

  • 住職
  • 中冨 正純(なかとみ まさずみ)

けがをしたり、風邪をひいたりすると健康のありがたさを感じますが、それが治るや否や私たちは、その気持ちを忘れてしまうことがあるのではないでしょうか。当たり前のように毎日を過ごしているけど、どんな毎日でも、 今という時間は決して当たり前でなく、ずっと変わらないものではない。今あることすべてが有難きことだと、あらためて私自身考えさせられた言葉です。

10年前から始まった福照寺の掲示板は、車通りの多い川沿いの道路から見える位置にあり、月一で住職が書かれた法語やお寺の行事の告知が貼り出されている。

 

掲示板を設置して最初に掲示したのは除夜の鐘のお知らせ。すると例年と比べて、普段は来られない方々がたくさん集まり、掲示板が道行く方の目に留まっていることを実感したという。

 

その掲示板に法語を貼り出すことについて住職は、「目を留めてくださった方が何かしらを感じて、その方の生きる力になれば」と願っているという。なるべく難しい言葉や仏教用語は使わず、パッと見た時のインパクトと、誰でもわかりやすい言葉を選ぶことをとても大事にしているそうだ。今まで掲示してきた言葉は何枚にもわたり記録に残されていて、その時々の反響も住職の記憶にしっかり残されている。

 

「当たり前」をなくしてから「あったこと」が当たり前じゃなかったことに気づくわが身。そんなわが身に気づかせていただきながらも、日常生活の中でその気づきが薄れていくのもわが身。

 

日々の生活の中、ふと問いかけてくれる掲示板の意義に、あらためて、出()わせていただいた。

 

新潟教区通信員 (ほん)() ()(すみ)