

親鸞聖人が大切にされた浄土三部経の一つである『観無量寿経』序分には、どのようなことが書かれていて、“今”を生きる私たちに何を伝えているのでしょうか。「東本願寺 日曜講演」の講演録をもとに丁寧に紐解いてまいります。
前回、「是れ栴陀羅なり」という言葉を取り上げました。この言葉は、母・韋提希を殺そうとするマガダ国の王子・阿闍世に対して、それを止めようとした大臣の諫めの言葉でしたが、これが古代インドの差別を表していました。
この古代インドの差別が日本の差別とも大きく関係しているのです。仏典の中には旃陀羅(チャンダーラ、古代インドの被差別民衆)がたくさん説かれています。その中で大乗経典、例えば『涅槃経』などには、「旃陀羅」という言葉が多く出てきます。このような仏典を通じて日本にも旃陀羅のことが伝わったのです。
そして日本では、親鸞聖人の時代には旃陀羅という存在が日本の差別と関係して言及されています。旃陀羅が「いき物を殺してう(売)る、えた体の悪人」と説明され(『塵袋』)、日本の被差別民に当てて語られるようになったのです。
そうして日本における差別の中で、この旃陀羅という言葉が差別として機能してきました。ですので、約百年前、被差別者自身の自主的な解放運動を訴えた全国水平社が創立された時に、その創立のメンバーでありました西光万吉という方が、この旃陀羅という言葉をとおして、差別の痛み、そして怒りを語っていかれました。旃陀羅として差別される苦悩に、自らの被差別の苦悩を重ねて、差別の痛苦を訴えたのです。西光氏にとって、インドの差別は、日本社会における差別と別なことではなく、差別という、この人間社会の問題をこの旃陀羅という言葉によって、非常な怒りをもって告発されたのです。また、戦前・戦後を通じて部落解放運動に尽力された井元麟之氏も、この旃陀羅という言葉の訂正・削除を長年訴えておられました。
私は、大学時代に真宗教団が部落差別を温存・助長してきた歴史を学びました。しかし、この問題が自分の課題となったのは、正直に申しまして、教学研究所に入所して宗派の取り組みに関わるようになってからです。その中で常に考えてきたのは、信心をいただくということは、この差別という問題を課題としていただくことである、ということです。
ただお釈迦さまの時代や親鸞聖人の時代に、差別や人権といった概念は存在していません。近代になり個人を基礎とする社会が形成されていくにあたって、その個人の権利として人権という概念が生まれてきたとされます。その上で個人の権利の不平等、差別が社会の問題となってきたわけです。
そのように私たちが生きる現代社会では、お釈迦さまや親鸞聖人の時代と異なり、平等が前提となっています。皆、平等であると知っています。しかし、現実の私たちは、自他を上下に分かち、時にうらやみ、時に蔑む。平等を知っていることと、本当にそれに深くうなずくということは異なるのです。そしてここに凡夫として生きる事実がある。平等を知ってはいても、それを本当に生きることが私たちには難しいのです。
親鸞聖人は、「りょうし・あき人、さまざまのものは、みな、いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり」(『唯信鈔文意』、『真宗聖典 第二版』678頁)とおっしゃいます。親鸞聖人は、当時、悪とされた人びとと同じ、「われら」であると言い切られました。誰もが阿弥陀仏の本願の前に等しく凡夫である。親鸞聖人の「われら」というお言葉には、凡夫であることの痛みの中に、深くうなずかれた人間の等しさが表されています。ここに差別が、信心の課題であると申し上げる理由があります。
しかし信心を獲れば差別がなくなるという話ではありません。むしろ差別という課題を本質的に抱えるのが、凡夫です。その凡夫の身をいかに生きるのか。そこに『観無量寿経』の教えの意味があると思います。(続く)

(つるみ あきら)
同朋大学文学部仏教学科教授
岡崎教区第32組善正寺衆徒