ラジオ放送「東本願寺の時間」

佐野 明弘(石川県 光闡坊)
第5話 今、いのちがあなたを生きている 人間といういのちの相(すがた)  [2007.2.]音声を聞く

おはようございます。迷いと同じように罪ということもあらゆるいのち生きるものの中で人間のみにある問題であります。人間のみが罪を犯します。そしてそのことを罪と感じることが出来るのも人間だけであります。迷いの中に罪を犯し互いに傷つけあって苦しみ、罪の重みに苦しむ。それは、人間といういのち生きるものにのみある問題です。罪という言葉を調べてみますと、思いやりのないこと、という意味が出て来ます。罪を感じるということは思いやりのないことをしたと感じる心、悔いる心、恥じる心これを漸愧といいますがこの慚愧において罪は感じられるのであります。
私のこれまでの人生の中で出会った大切な人のひとりに、アレン・ネルソンという方がいます。彼はベトナム戦争を経験した元米軍兵です。貧困の故に軍隊に入り、ベトナムの戦地で殺戮やあらゆる暴力を目の当たりにしました。そして、自らもまた、多くの人々を殺しました。戦場から帰った後、その惨劇が悪夢となって毎日毎晩彼を襲ったそうです。彼が戦場で殺すことになったのは兵士だけではありませんでした。女性も老人もそして子どもまでも殺しました。乳のみ子も幼児も殺しました。そして、その5歳くらいの子どもの遺体を山積みに放り上げてゆくごとに、彼の中で何かが崩れていったそうです。実際、戦場から帰って毎日毎晩彼を苦しめたのはその子ども達の泣き叫ぶ声、飛び散る手足、頭、血のにおい、燃え盛る村の家々。そういった場面がひっきりなしに彼を襲って苦しめたのです。彼は、その耐えがたい苦しみから何度も自殺を試みました。彼と同じように苦しむ帰還兵で自ら命を絶った仲間は10万人に上るといわれています。戦闘で亡くなった兵士は5万8千人ですから戦争の後遺症の凄まじさを思わされます。「殺させてはならない」というお釈迦様の言葉が深い重みをもって感じられることであります。
彼は苦しむ彼を泣いて抱きしめてくれたひとりの少女とすばらしい医者との出会いによって立ち直ることの出来た数少ないひとりであります。彼が戦争のことを語れるようになるまでには18年に及ぶ時が必要でした。始めは薬漬けの治療が続きましたが医師ニール先生との出会いによって治療は大きく転換しました。ニール先生は毎週ある個人面談の際、必ず「どうして君は人を殺したのだね」と聞いたそうです。その都度、彼は「やらなければこちらがやられた」或いは「命令だった」或いは「戦争だから」とずっと言い訳したり正当化したりを続けていたそうです。しかし、すでに彼は戦闘中に逃げ込んだ民家の防空壕でベトナム少女の出産に出くわし、思わず差し出した彼の手に湯気のたつ赤ん坊が生まれおちるのを経験したときから、「ベトナムの人も同じ人間だ、殺していい人達ではない」ということに気付いていました。その人々をたくさん殺したという自分をどうしても引き受けられなかったのです。
戦場から帰って18年を経て、とうとう彼は自らを受けとることになります。ニール先生のいつもの質問についに答えました。「私が殺したかったからです」この言葉を口にしたとたん、思いがけず彼の中から涙がとめどもなく溢れてきたそうです。「本当に間違っていた。貧困から逃れるため、殺してもいいと思った。何の罪もない人々をたくさん殺してしまった」と深く悔いたそうです。それからというもの2週間もの間ずっと殺してしまった人々、遺された人々のことを思って胸までびしょびしょになるほど昼も夜も泣きつづけたといいます。その涙が止んだとき、彼は病から解放されていました。7世紀中国で浄土教に生きた善導大師の懺悔の法にある「如来に本当にあえないのは人間の罪の故なのだ。この人間に生まれたことの悲しみに7日間大地にひれ伏して泣け(趣意)」というお言葉を思い出しました。私達は一体どれほどの慚愧があって罪悪深重といっているのでしょうか。人間といういのちの相(すがた)、それは、阿弥陀如来によって悲しいという一字で見出されているものであります。

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